訪れは唐突に


ミランダは傷つくことを酷く厭う。誰かが傷つくくらいなら自分が、と思うが、
だからといって自ら望んで傷つきたいわけではない。できる限り避けて通りたい道で、
それが可能ならば、ミランダにとって逃げるという選択肢は非常に有効なのだ。

そんなミランダが恋をした。相手は7つも年下の、ミランダから見ればまだ子供の
域を抜け出せてないような、ようやく青年と言えるような感じの人だ。
彼は仕事柄とでも言うべきか、世界のあちこちを見てきたせいか視野が広く
知識なども含めて18歳とは思えないくらいで。

年下なんだけれども、ミランダにとってとても頼りがいのある人でもあるのだ。
――――時折見せる仕草は年相応で、やっぱりまだ18歳なのね、と思うけれど。
時々、自分と同年代なのでは?と錯覚してしまうけれど、彼は正真正銘18歳で
あり、そのことがミランダにブレーキをかけさせていた。

ミランダはラビが好きだ。そう、とても。けれど彼とは何もかもかけ離れている。
だからミランダは安心していた。これ以上ラビを好きになるには乗り越えられない
『大きな壁』があることに。もともと壁を乗り越えるつもりなどさらさらないミランダは
目の前にある壁に寄りかかって、ただただラビに想いを寄せる自分に満足していた。

それはとても独りよがりな、それでいてぬるま湯のように心地いい空間だった。
ミランダはラビがとても好きだけれども、別にラビにこちらを振り向いて欲しいとも、
先に進みたいとも思っていなかった。ただラビを想うだけで満足なのだ。
ゆっくりと芽生えた恋心を静かに静かに育てて。ミランダ一人に見守られたその恋が
色褪せて静かに終わりを迎える時まで、大事にしまっておこうと思っていた矢先、
あろうことか、その決意はラビ自身によって粉々に砕かれた。

「ミランダはオレのこと好きだろ?」

教団内で偶然二人っきりになった時、ラビに突然質問されミランダの体が固まる。
勿論よ、みんな大事な仲間だもの、とでも切り返せばよかったのだろうが、もう遅い。
そんな返答ができるならば、ミランダはもっと器用に生きてきたはずだ。
思わず俯いてしまったミランダの顔はおろか耳まで赤く染まっており、返事を聞かずとも
肯定を物語っているようなもので、それを見たラビが楽しそうに笑う。

「図星?」

大当たりだろ?と耳元で囁かれ、ミランダはいっそう縮こまる。そんなミランダの様子を
ラビは楽しそうに眺め、指をミランダの頬に滑らす。ラビの指が触れた瞬間、ミランダの
肩がピクリ、と反応した。

「耳まで真っ赤だよ、ミランダ。可愛いさ、とっても。」
「っ!」
「本当に、可愛い―――――。」
「っ……。」

頬を滑っていた指が突然顎にかけられ、持ち上げられた瞬間、ミランダの眼前にラビの
顔があった。声を出す間もなく重ねられた唇は目の前の人のもので。
目を瞑ることすらできないほど驚愕し、羞恥で顔を赤らめたミランダはラビが想像していた
よりも遥かにそそるもので、ラビはその欲求に逆らうことなくミランダにキスを落としていく。

それを繰り返せば繰り返すほどミランダの混乱に拍車をかけていく。どうして、どうして?と
ミランダの心は叫んでいた。どうしてこんなことになってしまったのか、と。
ミランダはラビがとても好きだ。けれど、共にあることを望んではいなかった。
だから今の状況はミランダにとって驚愕以外のなにものでもないのだ。

それゆえ、ミランダは目を見開くこと以外できなくて。目の前に確かにラビがいるのに
彼の存在が頭の中に入ってこなかった。唇は確かにラビの存在を伝えているのに。
どのくらいそうしていたのだろう?ラビの唇からミランダから離れた時、ようやく二人は
至近距離で見つめ合う。


「好きだよ。」


まだ呆然としているミランダの頬にキスを落としてラビは笑う。そして時計をチラリと見て
横に置いてあった本を抱えた。

「残念だけどそろそろ時間さ?オレ、コムイに呼ばれてるから行かないといけないんだ。
だから……続きはまた、夜にな?」

部屋で待ってて、とラビはミランダの返事を聞かずに踵を返して部屋から出て行ってしまった。
ミランダは足から力が抜けたようにペタリ、と床に座り込んでしまう。
その時、ミランダの頬を何かが伝う。手の甲で拭うとそこが濡れていた。涙だ。

「どうして……。」

ラビが好きだ。それはどうしようもない事実で、ミランダはそれを否定するつもりはない。
けれど、ミランダにとって大きな誤算は、ラビもミランダを想っていたことだ。
ミランダの想いを確信したラビは先に進むことを望み、そして実行した。
けれどミランダは違う。ミランダの望みは片思いのままこの恋を終わらせることだったのだ。

ミランダの中で芽吹いたラビへの恋心はミランダの想いのみで成長し、そこにラビの感情は
必要ないほど大きく育った。ミランダはそれだけで本当に満足していたのだ。
そしてその恋がゆっくりと朽ちていき、『過去』に変わる日までミランダはゆっくりと
見守りたかった。それは必ず訪れる未来だと、その日が絶対に来ると信じて疑わなかった。
そう、これっぽっちも。

だってミランダとラビはあまりにも違いすぎるから。今は同じ場所に立っている二人だけど、
歳も違えば生き様も違いすぎる二人だから。結ばれる二人じゃないはずなのだ。
僅かな可能性すらないことに安心していたミランダに、突きつけられた現実はあまりにも
辛いもので――――――――。

ミランダが望んでいたのは、この恋が『過去』に変わることだった。あんなこともあったわね、と
懐かしんで微笑む自分一人の姿。その横にラビの姿は無い。想像したことなど一度もなかった。
ミランダがただただ幸福に酔っていた恋はラビによって砕かれてしまい、壁に寄り添って
ぬくぬくと浸かっていた温もりは跡形もなく壊されてしまった。よりにもよってラビの手で。

鉛のように重いを足を引きずり自室に戻ったミランダはベッドに横になった。
いつの間にか空は暗くなっており、窓から三日月が見える。日毎形を変える月の不安定さは
まるで自分のようだ、とミランダは内心で呟いた。
そんなミランダの耳に、足音が聞こえる。確認するまでもなくラビのものだろう。

コンコン

と扉がノックされた。のろのろとベッドが起きあがるミランダはゆっくりと扉の前まで歩く。
この扉を開けたらもう戻れない。けれど、扉を開けない術をミランダは持っていない。
おずおずと扉を開くと、そこ立っていたのは予想通りの人で、

「待たせてごめん、ミランダ。」

と微笑まれ、ミランダも笑みを浮かべる。ラビがミランダを見つめる視線は痛いくらい優しい
ものだった。ラビの体が滑るようにミランダの自室に入り、ミランダが扉をそっと閉じる。






それは、不安で絡みとられた不均衡の恋の始まりだった――――――――。



<終わり>

貴方の背中だけを見ていたかったわ。