01. 戻り道なき恋心
恋は突然訪れた。ミランダが気がつかないうちに、足音をたてずに
いつの間にか来てしまったのだ。すぐに立ち去ってくれることを願って
いたけれどそれは叶わず、恋は今だにミランダの側から離れない。
どうしよう、と溜息を吐くミランダの耳に聞こえた一つの足音。
考えるより早く心臓の音が高鳴った。間違えるはずのない、足音。
その足音の持ち主はもうすぐミランダの元へとやってくるだろう。
「ミランダ、ここにいたんだ。探したさ。」
あちこち駆け回ったよ、と笑いながら近寄ってくるラビの顔を見て
ミランダは、ごめんなさい、と言いながら微笑んだ。
”足音一つで誰だかわかるなんて、恋ってなんて厄介なの。”
02. 終焉へのカウントダウン
「ラビくんは私に愛するとはどういうことか教えてくれたわ。」
目の渕を赤く染めた瞳でミランダはラビを見上げた。
ラビのシャツをギュッと握りしめながら彼女は懇願する。
「だからお願い。今度は忘れる事を教えて。」
どうしたら忘れられるの、と涙を流すミランダをラビは無言のまま見つめた。
そして心の中で、ゴメン、と謝る。
忘れる方法なんて知らない。知っていたって教えてなんかやるものか。
”アンタはずっと俺への想いを引きずって生きていくんだよ。”
「愛してる、ミランダ。」
忘れさせない為に、また禊ぎを一つ彼女の心に打ち付ける――――――。
03. つかの間のたわむれ
ミランダはよく転ぶ。それこそ数えるのが面倒なくらい。
「もう、イヤになっちゃうわ。」
転んだ時、ちょっと離れたところに転がってしまった靴を眺めながら
ミランダはぼやく。ずりずりと膝を引きずって靴を取ろうとした矢先、
彼女の手より早く、別の手がミランダの靴を持ち上げた。
視線を上げるとそこに立っていたのは苦笑いをしているラビ。
「まーた転んだんだ。」
転びすぎ、と言われ返す言葉がないミランダは笑って誤魔化すしかできない。
ラビの手がすっと伸び、ミランダの足首を掴む。突然のことに狼狽え、足を
戻そうとしたが、ラビの手がそれを許さなかった。
そしてそっと靴をミランダの足に戻した。
「ん。ピッタリ。」
ミランダの靴なのだからそれは当たり前なのだが、なんだかそれがおかしくて
ミランダは吹き出してしまった。ラビも釣られて笑う。
そして、おもむろにミランダに手を差し出した。
「お手をどうぞ。オレのシンデレラ?」
その畏まった言い方に、さらにミランダは笑う。言い方おかしかった?と
ちょっと拗ねてるラビに謝ったけど、あまり説得力がなかったかもしれない。
”こんなに素敵な王子様が来てくれるなら喜んで灰かぶり姫になるわ。”
04. 時が止まる錯覚
ラビとミランダは出逢った。次ぎに知り合った。そして、愛し合った。
お伽噺の物語なら、そこでメデタシメデタシのハッピーエンド。
けれど、実際にはお話が終わることはなくて。
「ミランダ、何を読んでるんさ?」
ラビがひょい、とミランダの方を覗き込む。ミランダが読んでいるのは
とある童話集だった。本の表紙に、お姫様を迎えに来た王子様が描かれている。
子供向けの話しを、ちょっとだけ大人向けにアレンジした本。
その話のどれもがハッピーエンドで終わっているのだ。
「ミランダはこういう話が好き?」
女の人は恋話が好きだよね、と笑いかけるラビにミランダは微笑んで頷く。
「好きよ。だって幸せなお話ばかりなんだもの。」
ラビとミランダは出逢った。次ぎに知り合った。そして、愛し合った。
お伽噺の物語なら、そこでメデタシメデタシのハッピーエンド。
けれど、ラビとミランダの物語はさらに次ぎがある。
永遠の別れ。それが二人の物語の悲しい結末。
05. 月明かりが消えるまで
星の数ほど人間がいるように、その数だけ恋も存在する。
全部がハッピーエンドで終わればいいけれど、残念ながらそうでない恋もある。
むしろそっちの方が多いのでは?とミランダは思っているのだ。
少なくとも、彼女にとって恋とはそういうもの。
けれど、ミランダはそれで満足しているのだ。
忙しい日々の中、眠るまでのほんの一時の間、彼のことを想うだけで
幸せ。
この広い世界で、彼に会えただけで十分すぎるほど。
ハッピーエンドなんて望んでない。
一途に貴方を想うことができるだけで、全てが満たされてしまうのよ?
06. こぼれ落ちてゆく時間
「最初からわかっていたわ。だから大丈夫よ。」
そう言って何度笑ったことだろう。物わかりの良い女の仮面をかぶって
目の前の人に幾度となく微笑んだ。それでも彼は、ごめん、と言って謝るのだけれど。
そんな日は一人で泣きたくなってしまう。まるで少女みたいに。
それは、愛する人の前で笑っている為の大切な大切な時間だ。
一人で流した涙は、心の本当の願いを吸い取って流してくれる。
ずっと決めているのだ。大切なことを何も言わずに別れてしまおう、と。
ほんの一言でも言葉を発してしまえば、もう自分では止められなくなってしまう。
そうしたら、愛する人を困らせ悲しませてしまうのだ。
「…会いたいわ、とても。」
今は会いに行ける距離。でも、そのうち会えなくなる距離になる。
だから会いたくなっても駆けだしていかないように、涙を流して自分を止めるのだ。
こんなにも会いたくなるほど夢中なのは、今だけよ、と自分を戒めながら。
早く時間が過ぎ去ってしまえばいい。時間が過ぎて過ぎて、そしてこの恋心が
早く息絶えてしまえばいい。そうすれば、一人で泣くこともなくなるから。
それでも。
それでも。
それでも、心の奥底に封じ込めたこの願いは息絶えることはないだろう。
”また、巡り会いたい。”
どれだけ時間がかかってもかまわないの。また会いたい。ただそれだけだから。
07. もう何度目かの決断を
不毛で意味もない、ただ傷つくだけの恋だとわかっている。わかりきっている。
こうして瞳を探り合っても、肌を重ねても、ふわふわのマシュマロのような
柔らかく甘い恋には絶対にならないことを。
けれど、たった一言の決定的な言葉をどちらかが口から滑らせれば
きっとこの関係は終わる。終わらせることができるのだ。
でも、ラビは別れの言い方が分からない。
ミランダはそれを言うべき時が分からない。
「愛してる、ミランダ。」
「私もよ、ラビくん。」
傷が浅いうちに今度こそ、と何度決意しただろう?
08. 泣かないで、笑って
「どうして私なんかを?」
ひとしきり泣いた後、ミランダはラビに問う。
どうして、自分みたいな女を選んだのか、と。
その問いにラビは迷うことなく答えた。
「ミランダのことが好きに決まってるからさ。」
当然だろ、と微笑まれてもミランダは釈然としない。
納得できなくて、しつこいとわかっていてもさらに尋ねる。
「私みたいに不幸な醜い女を選ばなくても…。」
他にも綺麗な人や可愛い人がいるじゃない、と下を向いてしまった
ミランダの額をラビは軽く小突いた。
「そういうことを言うもんじゃないさ。」
「でも…!」
「ミランダが不幸だったのは過去だろ?今も不幸なんか?」
ラビに問われ、ミランダは少し考えた。ここには居場所がある。
自分を受け入れてくれる仲間もいる。そして想ってくれてる人もいる。
「幸せ…ね、とっても。」
ミランダの言葉にラビは満足そうに頷く。オレも同じだよ、と。
そしてミランダの両頬を包んで上に持ち上げた。
驚くミランダにラビは優しく微笑みかける。
「ミランダは醜くなんかないよ。」
「え?」
「どうやったら自分が可愛く見えるかを知らないだけさ。」
「う…嘘よっ!」
「嘘じゃない。こんなの冗談なんかで言わない。ミランダがどうやったら
可愛く見えるか、オレが教えてあげるさ。」
どうすればいいの、と瞳で訴えるミランダにラビは、簡単さ、と答える。
「笑って、ミランダ。泣いちゃダメさ。笑顔は三割り増しって言うだろ?」
せっかく綺麗な笑顔なんだから隠しちゃ勿体ない、と至極真面目な顔で言われ、
ミランダは思わず吹き出してしまう。それを見たラビも嬉しそうに笑った。
「ほら、やっぱりミランダは可愛い。」
ラビに囁かれ、ミランダは頬を染て花が綻ぶような笑顔を浮かべた。
09. まるであの日のまま
目覚めたミランダはなぜかベッドの端に寝転んでいた。
その理由に思わず重い溜息がこぼれる。
顔を後ろに向ける。そこに見えるのは、壁。
いつもミランダの横に眠って、彼女を抱き締めるようにしていた人はもう、いない。
彼が与えてくれた温もりなど、とうに忘れてしまった…はずだった。
けれど、身体はまだ忘れていないのか、彼の身体一つ分空けて眠る癖が抜けない。
ミランダはギュッと目を瞑る。なんて、未練たらしいのか、と思いながら。
こうなることは最初からわかっていた。自分はそれに納得してつきあい、そして
別れたというのに。どうして自分はこんなにも情けないのか。
「…イヤだわ。」
時計を見たら2時を指していた。起きるにはまだ早い。もう少し寝てしまおう。
明日になれば、朝が来れば、苦しいことなんか忘れられる。
……昨日もそう思ったのだけれど。
10. この場所より永遠に
「さようなら。」
あらかじめ決められていた最後の言葉をミランダは唇に乗せた。
物憂げな瞳を見せて、それ以上何も口にできない二人の影が離れていく。
遠ざかっていく背中に、ミランダは絶望を込めて呟いた。
「さようなら、永遠に。」
これが本当の、最後の言葉。