ふと気づけば



視線を交わすだけじゃ、もう我慢できない。


ミランダは恋愛に疎い。別に興味がなかったわけではないが、なんとなく縁が
ないまま今日に至る。おまけにエクソシストに選ばれてしまい、さらにそういう
ものに縁遠くなったと勝手に思っていた。それゆえ、ミランダの恋に対するイメージは
彼女の年齢から考えると幼いものがある。

なにせミランダにとって恋とは柑橘系のフルーツを思わせるような、なんとなく
甘酸っぱくて心の一部分がきゅっと摘まれるような、そんなものだろう、と
思っていたのだ。ラビと出逢うまでは。

ミランダは他人からの負の感情に対して過敏とも思えるほど敏感であったが、
その反対に正の感情に対しては呆れるほど鈍感であった。好意を示されることが
ほとんどなかったゆえのことである。それなのに、それなのにミランダは
ラビから示された感情を理解してしまったのだ。

ラビがミランダを見る視線の意味を、頭でもなく感情でもなく肌が理解した。
声なきラビの感情をなぜミランダが理解できたのか、それは一重にミランダもラビの方を
向いていたからなのであるが、当然、今のミランダにはわかっていない。

最初は偶然、と思っていた視線も、交わすたびに、重なるたびに、その中で通じ合う
感情は互いの心に確信を持たせるほど強くなり、言葉に出さずとも、行動にうつさずとも
まるで身体の細胞の一つ一つに突き刺さるかのような想いが二人の視界で漂った。
たった一人のかけがえのない彼と同じ感情を共有できることを、ミランダは素直に感激し
そして幸福だと思った。なんて幸せなのだろうか、と。

けれど、いつからだろうか?次第にミランダの心の中に”欲”が芽生え始めた。
見るだけで、そして視線があって、その中に確かな想いを感じ取れることで幸せだった
彼女の心は、もうそれだけで満たされることはなくなったのだ。その先を、と心が渇望している。
指が、心が、そして魂がラビという存在を望んでいる。見るだけでは足りない、と。

ミランダは怖かった。自分の心がまるで貪るかのようにラビを求めていることに。
どこまでラビに溺れてしまうのか、怖かった。ミランダは今まで他人をそこまで深く愛した
ことはないし、誰かに対してそこまで情欲を持ったこともない。
けれど、その怖さの中に、僅かだが昂揚感も含まれている。

先に進むことの恐怖もあるけれど、それを乗り越えた後に見えてくるものが気になるのだ。
ラビへと手を差しのばしたその先に一体なにが―――――――――――――――?


「ミランダ。」
「・・・ラビくん!」

まるで待ち伏せでもしていたかのように、見計らったタイミングでラビが現れた。
周囲には誰もいない。ラビと二人っきりだ。今のラビの目は、仲間達といる時に見られる目
ではなく、ミランダと同じように・・・否、もっと激しい情欲を含んだ目だった。

「…そろそろ頃合いかなって。ミランダを待っていたんさ?」
「そう…。」
「考える時間は十分あったと思うんだけど?もうタイムリミットさ、ミランダ。」
「ラビくん…。」

ミランダより先に自分の感情にラビは気づいていた。そして、そのうちミランダも同じ感情を
持っていることがわかった。けれど、ラビは動くことはなく、ただミランダを見つめるだけだった。
半ば強引に巻き込むこともラビには可能だったが、彼は何も言わず、黙ってミランダに視線を
送ることしかしなかったのだ。

自分はエクソシストである前にブックマンである。そこが彼女とは決定的に違う。
いずれ自分は去る。その時に彼女は深く傷つくことだろう。傷つくことに怯えている彼女に
それを無理強いするのはラビの本意ではない。ラビは傷つくミランダを残して去ることに
腹を括っているが、ミランダにはその覚悟がなかった。

だからラビは視線を送るだけにとどめておいたのだ。その間にミランダはラビが受け継ぐ
ブックマンとはどういうことかを知り、この先に訪れるであろう未来を想像し愕然とした。
勢いで突き進むにはあまりにも辛い道だということを。
それゆえ、ラビは進んで後悔するならば、始まらない方がいい、と考えていたのだ。

それでもミランダの視線が、その先を、と望んでいることを受け止めたラビはこうして
ミランダの前に現れたのだ。覚悟を決めたミランダの前に――――――――――。
覚悟を決めたミランダに対し、ラビは決意を込めて手を差し出す。
決断をするのは自分の役目だから、と。

「………ラビくん。」

頬を赤らめて、柔らかな笑みを浮かべてミランダはおずおずとラビの手を取った。
そのまま、グイッと引っ張られ自然と二人は抱きしめ合う。
視線だけで我慢できなくなった二人が進んだ瞬間、






覚悟を決めた恋が、静かに始まった―――――。





<終わり>

全ては覚悟の上のこと。