はじまりの始まり


「オレ、ミランダのことが好きさ。だから付き合おう。」

それはもういっそ、清々しいほどに一方的にラビは言い放った。
疑問系ではなく断定系の言葉で。そこにミランダの反論の余地など微塵も許さないほどに。
あまりにも突然すぎる告白と拒否の拒絶に反応できないミランダにラビは優しく笑いかける。

「一日だけ時間をやるから、それまでに整理してな?」

そう言ってラビはミランダの頭をポン、と叩くとそのまま立ち去ってしまった。
残されたミランダは一言も発さずに立ちつくしている。
ラビに告白された直後は真っ白だった頭も、時間がたてば少しずつ冷静になってくるもので、
いつの間にか自室に戻っていたミランダはクッションをギュッと抱き締めて呟く。

「どうして…私なの?」

ミランダは恋愛というものにほとんど縁がなかった。過去に想いを寄せた男性がいなかった
わけではない。ミランダなりに仄かな恋心を抱いた人もいることはいる。
一方的な片思いだったり、もしかしたら…?と思うような人だっていた。
けれど、どの恋も色鮮やかな花が開くような関係には至らなかった…ということである。

ところが、そんなミランダにラビは直球の言葉を浴びせてきた。ラビが軽い口調で、おどけた
感じで言ったのであれば、冗談ばっかり、と笑うくらいならできただろう。
けれど、さっきのラビの口調と雰囲気はそれが言えない空気を醸し出していた。
だからこそミランダは困惑している。どうして告白する相手が自分なのか、と。

ミランダは自分自身の事を思い返してみた。取り柄……何かあっただろうか?
容姿…は鏡を見たら思わず溜息が出るほどだ。性格もそんなに人受けがいいとは思えない。
つきあう条件にあげられそうな事柄を指折り数え、それに対する答えを思い浮かべるたびに
ミランダの思考は見事に急降下する。…考えれば考えるほど後ろ向きな答えしか浮かばないわけで。

「や、やややっぱり、わ、私なんて、お、おおおおつきあいなんて、む、むむ無理、無理だわ!」

しかし、自分如きが告白を断るなんて大それた真似なんてできるわけがない。
だからといって、おつきあいしましょう!と笑顔で手を差し出すなんてもっとできない。
八方塞がり、四面楚歌、絶体絶命という言葉がミランダの頭の中を三つ巴で回っていた。
……全部同じ意味だということに混乱している彼女は気づいていないが。

悩みに悩んだミランダが出した答え。それは『逃亡』だった。非常に彼女らしい答えである。
何かあった場合、手っ取り早いのは何かと言えば、確かに逃げることであろう。
もともとミランダはそういう思考が強い。何はともあれとりあえず逃げよう、と思うことが多い。
今回も例に漏れずミランダがとった行動は、できるだけラビとの接触を避け、なおかつ地の果て
まで逃げる勢いで彼の視界に入らないようにすることだった。


しかし、それは当然ラビの想定内の行動である。


「そんで、考えはまとまった?」
「ひぃっ!!」
「……変質者に遭ったみたいなリアクションはさすがのオレも傷つくさ…。」

ここまで逃げれば大丈夫、と思った矢先にラビが目の前の現れたのだからミランダにとって
それは変質者の登場に等しいものがある。(酷い…。)
確かにミランダの反応は「なんでここにいるの?」というより、「出たぁ!!」と叫びそうな
ものだった。

「あ、あのあの、あのね…。その、あの…。」
「ん?」

さっきから似たような言葉ばかり繰り返すミランダに、ラビは急かすわけでもなく呆れるわけ
でもなく優しい眼差しで見つめていた。その雰囲気にミランダの心も幾分落ち着き、ようやく
自分の考えを口にする。

「あのね、ラビくんの気持ちはとても嬉しいんだけど、その、私はラビくんより年上…。」
「ミランダ。」
「は、はいっ!?」

ラビとの交際を断る理由としてミランダは年齢差を言おうとしたのだ。妥当といえば妥当であろう。
しかし、ミランダが最後まで言う前にラビはそれをあっさりと遮ったのだ。
その口調の強さに、ミランダは思わず肩を竦めてしまう。目の前にいるラビは確かに優しい目を
しているのであるが、それだけでない空気を醸し出しているからだ。

「あのさ、オレはミランダの歳を知らないわけじゃないよ?それを知った上での告白だから
それを理由にはさせないから。OK?」
「わ、わわわかったわ。そ、それじゃラ、ラビくんはあ、明るいし頭もいいし、だから、
だからドジで間抜けで何をやってもうまくいかな…。」
「ミランダ。」
「は、はいっ!?」

自分とは釣り合わない、というのを理由に断ろうとした矢先、さりげなく、それでいて
強い口調でラビがそれを止めた。ミランダが恐る恐る視線を上に向けると、ラビはさっきと
変わらない笑顔を見せている。……だからこそ、その笑顔が怖いのだが。


「オレは考えをまとめて、って言ったんさ?言い訳が聞きたいわけじゃないから。」


ね?、と言われしまい、ミランダはそれ以上何も言えなくなる。どうすればいいのかわからない
のだ。何とか突破口を開こうと藻掻くミランダの前を、ラビは全部塞いでしまったのだから。
どうしよう、と考えあぐねるミランダの瞳に、じわり、と涙が浮かぶ。
それを見たラビは、やれやれ、と言った具合にそっとミランダの頬に触れた。

頬から伝わるラビの温もりにミランダの涙腺はさらに刺激され、ツーッと雫が滑り落ちる。
ラビはそれを人差し指で優しく拭ってやった。その時、ミランダが小さな声で呟く。

「ラビくん…。」
「何さ?」
「あの…ね。私…、私、どうしたらいいかわからないの。どうすればいいの?」
「何もしなくていいさ。」

両手で顔を覆い、しくしくと涙を流すミランダをラビがそっと抱き締める。
優しく優しく抱き締めるその腕は、ラビがどんなにミランダを想っているか、否応無しに
彼女に知らしめた。

「お願いよ…、ラビくん。」
「ん?」
「優しくしないで…。そうじゃないと…、私、私…。」
「どしたん?」


”我が侭な女になってしまうわ。”


私に我が侭なんて似合わないし、資格なんて無いのよ、と泣くミランダの背中をラビはそっと
さすった。ゆっくりと優しく、愛おしさを込めて…。

「いいさ、我が侭になったって。」
「いやよ…。」
「ミランダの我が侭くらいどったことないさ?」
「そんなことないわ。私、きっとラビくんのこと困らせるに決まってる…。」

ミランダの言葉にラビは笑いながら、両手でそっとミランダの頬を包み込み、視線を合わせる。
二人の視線が寸分の狂いもなく重なった。


「ミランダなら何をしても赦すから。」


だから遠慮しないで、と笑いかけられミランダは小さな声で呻いた。退路は今、全て絶たれてしまった。
ミランダが選べるのはたった一つの道。ラビへと続いている道だけである。
それなのに、一つしか選べないこの状況にミランダはなぜか安堵してしまって。
おずおずとラビの背中に手を伸ばしたミランダの耳に、最後の選択肢が突きつけられる。




「黙って俺に愛されていればいいんだよ。」




甘く優しい囁きに、頷く以外の選択肢はミランダには残されていなかった。


<終わり>

YES以外の選択肢をオレが残すわけないって気づかなかった?